2009年01月25日

「在日一世の記憶」の分厚さに驚き、とりあえずの感想を書いてみる

新書で「在日一世の記憶」という本がある。
この本は2008年10月に発売された。
まだ読み切ったわけではないが、この本について書くことにする。

 

「在日一世の記憶」は、52人の在日韓国・朝鮮人一世に直接聞き取りし、
生まれてから在日として生き、現在に至るまでを記したものだ。
52人に聞き取りしているので52の物語が書かれている。
それぞれがその人だけにしか話せないその人の人生の話だ。

ひとつひとつの物語は10数ページだが、合計では52人分。
全体では780ページを超えている。新書としては異例の厚さである。
もっと分厚いのは、京極夏彦さんの本くらいしか思いつかない。

すべて読み終わってから、この本について書こうかとも思ったが、
いつになるのか分からないので、とりあえずの感想を書くことにする。

みんな大変な人生を送ってきたんだなということだ。
とにかく貧しかったのである。
現在まで日本で暮らすことになる大きな理由も貧しさだ。

戦争や独立も、在日一世の人生に大きな影響を与えている。
韓国は日本への併合を経験した。
第二次世界大戦というか太平洋戦争というか、また朝鮮戦争もあった。
戦争が終わって、すぐに社会が安定したわけではない。
戦争の後も、厳しい生活は続いた。

この本の編者は、熊英二さんと姜尚中さんだ。
はじめにを姜尚中さんが、あとがきを小熊英二さんが書いている。

姜尚中さんによるはじめににこんな部分がある。

 亡国と従属、流浪と離散、差別と貧困、解放と分断、内戦とクーデター、民主化と繁栄など。そこに刻まれた数々の過酷なドラマは、涙なしには語り得ない。彼らは多くのものを失った。しかし同時に、多くのものを得たのだ。そこには逆境に対する人間性の勝利の物語がある。
 だがそれにもかかわらず、彼らの生涯は未完のままだ。なぜなら、統一されたコリアは未だ実現されておらず、コリアとその歴史も、そして彼らの過去も、砕け散った破片のようにバラバラにされているからである


姜尚中さんも、在日一世の人生に多くのことを感じたようだ。
この部分を私が引用したのは、後段の部分が気になったからである。
在日一世の生涯は「未完のまま」ではないと私は思うのだ。
こういった人生もある、ということでいいのではないだろうか。

少し前に「結婚式からチマチョゴリが消えていく」という話を書いた。
在日一世の記憶には、52人の人生が書かれている。
この話に海野さんという人からコメントがあった。
「明治以降の日本・朝鮮の関係史に興味」のある方で、
いくつか質問を書かれていた。
この本は、海野さんの疑問に答える部分もあるだろう。

在日韓国・朝鮮人の今を考えたり考えなかったりする2冊、立ち読みの感想」という話を書いたことがある。
この時、「在日一世」という本を紹介したことを思い出した。


あとがきを読み、「百万人の身世打鈴」という本があることも知った。
「在日一世の記憶」と同じく、在日一世への聞き取りをまとめた本らしい。


探せば、在日韓国・朝鮮人の声や生き方を示した本はほかにもあるだろう。
いつか、これらの本を読むことがあるかもしれない。

在日一世の記憶は、780ページを超す分厚い本である。
この本をきちんと読み終えるだけで、かなり時間がかかるだろう。
またこの本について何か書くかもしれない。

ここからはコメントに関するお願いです。
最初にコメントを書かれる際には、
自己紹介を一緒に書いてもらえないでしょうか。
年齢とか、学生なのか社会人なのか、簡単な考え方とか、
なぜ在日に興味を持つのかとか、そういったことです。
ご自身のblog、ブログがあるなら紹介してもらえるとありがたいです。

理由は、私がこのblog、ブログへの関心を高めることができる、
という個人的なものです。
とりあえずしばらくは継続したいので、皆さんのご協力をお願いします。
コメントの内容をさらに深く理解するヒントにもなると思います。

もちろん、無理に自己紹介をお書きになる必要はありません。
その場合は、書きたいことだけをお書きになってください。
あくまでも私からのお願いです。よろしくお願いします。

また書き込む際の名前は同じにしてもらえるとありがたいです。

いろいろな話を書いています。よければほかの話も読んでください。
posted by knj at 21:09| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
knj様
当方の不躾な質問にご回答頂きありがとうございました。

本書は50名の在日韓国・朝鮮人の方々の人生が綴られており、knj様の母方のご家族の様に戦後にわが国に上陸許可を受けずに来日した方(いわゆる密航者)が11名おります。しかし残念ながら来日後どのような在留資格を得て日本に在留しているのかが判る方は一人もいらっしゃいません。
唯一「前から日本に来ていたから、外国人登録証があった(38頁)」という方がいます。外国人登録令が施行されたのは1947年5月2日ですから、この方は密航し日本に定着する前にも日本に密航し、日本に住んでいないにもかかわらず外国人登録をしていたということになります。一体このような人を何と言えばいいのでしょうね。

外国人登録と在留資格は直接は関係ありません。登録時には在留資格を書かなければなりませんが、資格がなければ(不法残留など)在留資格なしという事が記入されるだけです。
Posted by 海野 at 2009年02月01日 18:44
>海野さん
返事遅くなりました。またしてもコメントどうも。

「在日一世の記憶」、今もまだ読んでいる最中です。私の記憶に残る部分と海野さんの関心がある部分は違うところにあるようです。海野さんがご関心をお持ちなのが、「明治以降の日本・朝鮮の関係史」の中でも、在留資格の部分に限られるのなら、国内に居住する外国人の在留資格を監督する官庁や団体などに問い合わせされるのがよろしいのではないでしょうか。よろしくご検討下さい。
Posted by knj at 2009年02月07日 13:38
はじめまして、
偶然このブログを見つけました。
わたしは全くの日本人です。
関西に住んでいます。
50才には、なっていません。

小学生の頃、担任の先生に
「在日の人たちは強制連行の被害者」と教えられました。
それから何十年も漠然とそう思ってきました。
数年前に鄭大均さんの「強制連行の神話」を読んでびっくりしました。
天動説から地動説になるくらいの衝撃です。

私が教えられた在日の人たちのことは何だったのか?
あの先生はどうしてそんなことを子供たちに教えたのか?
今まで私が思っていた日本人と在日の方々の関係、
日本と(南北)朝鮮の関係は正しいのか?

もっとも、強制連行の定義にもよると思いますが
少なくとも「無理やり奴隷のように日本に連れてこられた」と私は教えられました。
管理人さんのことを悪く言うつもりはありませし
いろいろ脈絡のないことを書いてすみませんでした。
また、訪問します。
Posted by (^ ^) at 2009年02月14日 14:15
knj様

私がknj様に滞在資格に関して質問した理由は次の二つからです。

1.在日韓国・朝鮮人で密航者の子孫を公言する方はほとんどいませんし、ましてやブログでそれを公にしている方は寡聞ながら見たことがありません。

2.knj様が帰化されたのが成人になってからで、帰化時には社会の仕組みや在日韓国人として自己の存在を認識されておられたのではないかと思ったからです。


私の興味は前にも言ったとおり「明治以降の日本・朝鮮の関係史」で、現在日本に滞在する在日韓国・朝鮮人を生む原因の一つである日本による朝鮮の統治もその一つです。在留資格だけに興味がある訳ではありません。
Posted by 海野 at 2009年03月08日 17:32
初めまして!
朝鮮学校の幼馴染の友達が、在日西宮支部という、総連団体の支部で熱心に活動しています。私は中学の頃、朝鮮学校の教育に疑問を持ち高校から日本の学校に進学しました。
私は、在日西宮支部の活動に対しなんだか妙な感じ・・・・モヤモヤした違和感を感じます。その気持ちと言うか考えを、全く言葉にできません。
彼らは、北朝鮮に対して悪い国と言った気持ちを持ちつつも、総連支部を盛り上げて飲み会をしたり、HPにその様子を掲載しています。
私は良く、支部においでと誘われるのですが誘われること自体がとても嫌です。でも友達はとても大事な子です。
その子に、そんなに集まりたいなら総連と全く関係ない団体作って集まったら?と言いました。すると「祖国への愛はないの?」みたいなことを言われました。
普段真剣にこういった話し合いをすることがなく、どう返事をしたらいいのか、わかりませんでした。

knjさんはどう思いますか?
Posted by ちゃちゃ at 2009年03月21日 16:00
横レスですが。

朝青というと朝鮮総連の下部組織で、朝鮮総連に都合の悪い報道がなされると出版社や放送局に押し掛けて恫喝まがいの「抗議活動」をする連中ですね。

朝鮮総連本部への強制捜査の時なども動員されて、警備に当たる警察員の帽子をとったり、馬鹿にするしぐさをして挑発していました。

新潟にマンギョンボン号が入港した時は、抗議に来ていた拉致被害者に「しね」など暴言を吐いていましたね。

僕が知る限り、あまり「好まし人たち」に見えません。朝鮮学校の元校長が覚せい剤密輸の容疑で国際指名手配されるなど、びっくりするような報道が多い中で、そういう活動に熱心な方々に好感を持てない日本人を偏狭だとか排他的だと思われるのでしょうか…。

一日本人としては、そういう活動から距離を置いてほしいと思います。ついでに言えば、非合法活動を肯定することを愛国心と履き違えている連中はイスラム原理主義者だろうと、日本の一部の右翼だろうと朝青の連中だろうと、不法入国者なのに被害者面する人も同じだと思います。
Posted by 1 at 2009年07月30日 01:47
ご無沙汰してます。スパムと思われるコメントを削除しました。
Posted by knj at 2009年12月26日 18:28
> (^ ^) さん
はじめまして。私は小学校のころ、在日韓国・朝鮮人について教わったことはありません。(^ ^)とは状況が違ったようです。

>海野さん
返事、というか返事にならないほど遅くなってしまいました。
>2.knj様が帰化されたのが成人になってからで、帰化時には社会の仕組みや在日韓国人として自己の存在を認識されておられたのではないかと思ったからです。
海野さんが考えるような形で社会の仕組みや自分について存在してなかったと思います。説明が難しいのですが、私はまず私としてあって、別に始終、在日韓国・朝鮮人だと意識しているわけではありません。ごく普通に、地方で生活していましたし

>私の興味は前にも言ったとおり「明治以降の日本・朝鮮の関係史」で、現在日本に滞在する在日韓国・朝鮮人を生む原因の一つである日本による朝鮮の統治もその一つです。在留資格だけに興味がある訳ではありません。
本当にご興味がおありなら、blog・ブログにコメントされることに加え、さまざまな活動を実践されるのがいいかと思います。

>ちゃちゃさん
はじめまして。返事遅くなりました。もうお役にたたないかもしれませんね。すいません。
ちゃちゃさんが感じていらっしゃるのは大きな悩みだと思います。焦らずに、何年も何十年もかけて、ゆっくりと自分なりの答えを探していけばいいと思います。はっきりとした答えがなくてすいません。

>1さん
はじめまして。上にも書きましたが、あまり性急に答えを求めるべきではないと考えます。
Posted by knj at 2009年12月26日 18:40
>(^ ^)さん
私のコメントで、「さん」が抜けていました。他意はありません、ご容赦ください。
Posted by knj at 2009年12月26日 18:42
何度かスパムと思われるコメントを処理しました。
Posted by knj at 2010年02月12日 15:30
どうでも良いけど、お前ら早く祖国へ帰れよ
Posted by at 2010年02月27日 19:35
>さん
コメントどうも、在日一世にとっては、「どうでも良い」のではなく唯一の選択肢だった人生だと思います。

何度かスパムと思われるコメントを処理しました。追加してご報告します。
Posted by knj at 2010年04月17日 13:02
私のかつての同僚が在日3世でした。
彼が言うには、在日だから差別されたとは思わない。差別する人は、どこにでもいる。

考えようで、日本人同士でも、差別と言えば差別と捕えられる事はいくらでもある。

大阪の人が東京へ行けば、「大阪人は・・・」と言われることもあるし、差別されたと思う人もいるだろう。

地方の人はなまってたら、なまってると馬鹿にされたと感じる人もいる。

田舎者と笑われたと思う人もいる。
貧乏人はと見下されたと感じる人もいれば、東京から地方にいったって、言葉が違うから、気どってると言われる場合もある。

言い出したらきりがない。その人いわく、自分が見る限り、差別差別といってた在日の多くは、同じ在日でも尊敬できない、たとえ、日本人であっても、嫌われて敬遠されるタイプに思えた。と言っていた。

差別を叫んでる人にかぎって、自分らより貧しい境遇の日本人の事は無視してたり、知らん顔して、境遇のいい日本人とばかり比較して差別されてると悲観する。

そんな馬鹿な事はない。恥ずかしいと言っていました。

彼のおじいさんは、地方の両班の6番目で、貧しく、跡取り以外は、みんな都市や日本に出稼ぎにいかざるを得なかったと言うことでした。

おじいさんは、日本で一旗揚げようと思って出てきたそうです。そのおじいさんいわく、ほとんどの朝鮮人は、日本語ができないまま日本に来た。

だからトラブルになって当然だし、日本の風習も知らない、貧乏人が多いから、ハングル文字すら書けない、学校へ行ったことがないような人も多かったそうです。

客観的に見て、いくら併合されて同じ日本人になったと言われても、物理的には言葉も風習も違うわけで、当然、日本人は、そんな人達が大量に来たら、拒絶します。

考えてみてください。それは差別ですか?韓国でも、突然、北朝鮮や朝鮮族が大量に来たら、彼らは韓国の風習を理解してなければ、言葉ができたって、すごいトラブルがおきてますよね?

まして、民族がもともとちがったんですから、日本人が拒否反応を起こしてもある面仕方ないと思うんです。

おじいさんも、そう言っておられました。当時の朝鮮でも、計算も読書もできない地方の貧乏人が雇ってくれと来ても、雇わなかっただろうと。

同じ民族でも雇わないものを、日本人が雇わないから差別だというのは、公平ではないと言っておられました。

おじいさんは、こうも言ってました。日本語がはなせて、日本の風習を理解した朝鮮人は、重宝されて、成功した人もいっぱいいた。自分もその一人だと。戦前店舗を2店構え、お客さんは日本人だったし、よくしてもらたったとおっしゃられていました。

日本で成功した朝鮮人も多くいたのに、そのことについて、在日は何も言わない。本当に差別しかなければ、成功出来た人はどうなるのか?更に、日本政府は、帰国費用を負担するといって、奨励していた、

朝鮮半島に帰るチャンスはあったのにほとんどの人は、朝鮮での生活が日本より貧乏になると考えたからこそ、残った。

おじいさんも自分の意思で残ったと言ってました。だから日本には感謝こそすれ、文句を言うのは罰あたりだとも言ってました。

差別って何なんでしょうか? 朝鮮の人こそ、日本を拒絶し、批判ばかりして、受け入れてこなかったという事はありませんかね?
Posted by 通りすがり at 2010年12月21日 14:17
>通りすがりさん
コメントどうも

>客観的に見て、いくら併合されて同じ日本人になったと言われても、物理的には言葉も風習も違うわけで、当然、日本人は、そんな人達が大量に来たら、拒絶します。

この部分はじっくりと検討する必要があるかと思います。「<日本人>」の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで」という本を読まれることをお勧めします。

>差別って何なんでしょうか? 朝鮮の人こそ、日本を拒絶し、批判ばかりして、受け入れてこなかったという事はありませんかね?

以前、ここで「それは侮辱であり排除であり虐待である」というものを書いています。
http://pknj.seesaa.net/article/40755486.html
よろしければご覧ください。
Posted by knj at 2010年12月26日 11:57
「<日本人>」の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで」という本を読まれることをお勧めします。

まだ、読んでませんが、私も、琉球併合やアイヌに対して相当強引な事をやったという別のいろいろな本は読んだりしました。

が、ここで、私がいいたいのは、あの時代、
そもそも、日本人自身が、日本国という意識をそれほど持ってなかったからこそ、明治政府は、教育で、日本人としての意識を植え付けようとしたんではないですか?

その為に、今の時代よりももっともっと方言がきつく、外国語ほどかけはなれてしまっていた日本語を、共通語として、学校で教える為に、作りだしました。

共通語の、基礎は、江戸時代の、江戸で使われていた言葉と、京都で使われていた言葉を基礎に作られたと聞きます。

日本人全体が、旧藩体勢を、ぶっつぶし、むりやり同じ日本人だという教育から始まってるんです。

でないと、同じ国の国民という国家認識がいつまでもできないと考えたのでしょう。

はっきり言って、私が小さかった時、福島県の会津藩だった所では、あいかわらず、薩摩(鹿児島)や長州(山口)にいいイメージを持たないお年寄りが大勢いました。

私が小さかった時、方言は恥ずかしいものだという認識が根強くありました。

福島出身の母が中学生の頃、東京の兄弟の所に遊びに行った時、電車の中では絶対にしゃべるなと言われたと言ってましたが、なぜなら、ずーずー弁が、笑われて、田舎者である事がわかって、恥ずかしいからとお姉さんに言われたそうです。

ちなみに、そう発言した、伯母は、多少訛りが抜けておらず、私からみれば、おもいきりなまってるんですけども、、、、

方言で話すと通じないから、めんどくさくて、方言を話さなくなったという人もいます。

先日、八丈島の方言が消えかかってる事をやってましたが、孫と話すのに、方言だと伝わらないから孫と話す時は、共通語で、幼馴染と話す時は、方言で話すという事をやってました。

とても悲しい事です。
ある時代、日本語をやめて、公用語を英語にしようと言った政治家もいた位、意思の疎通が取れる、共通の言葉というのを重要視してた日本のあの時代の政府。。。

そういう日本の時代背景はあったと思います。

ちなみに、フィリピン、インドでも、結局公用語は英語ですね。

一から自分達で教育制度を作るより、統治国の進んだ教育システムをそのまま利用するのも早かったからという理由はあると思いますが、

何より、あまりにも、言語の数が多かったから共通の言葉が必要と言う背景もあると思います。

ちなみに、インドネシア多言語国家ですが、共通語は、インドネシア語です。

台湾も多言語国家ですが、公用語が、日本語から、北京語に変わりましたね。

単に、差別で、言葉を奪ったと考えるのは思慮が浅いと思います。

「それは侮辱であり排除であり虐待である」
→在日韓国人も、日本人を侮辱し、排除し、虐待してきましたよね。

日本人というだけで、結婚に反対したり
侮辱したり、暴力をふるったり、
戦後どれだけそういう事件があったでしょうか。
私の父は、尼崎で、小さな工場をやってました。

差別されてきたからかわいそうな人達だから、多少の事は目をつぶってあげなさいと良く言われました。

そう言って、在日朝鮮の方たちを沢山採用してました。

でも、何度も、おかしいなと思う事がありました。

日本人のパートさんと同じ待遇で雇ってるのに、自分達は差別されてきたんだから、もっと給料を上げろという人がいたり

突然、休んだり。ものをくすねる人もいました。父は、貧しいからした事で、しょうがないと言ってましたが、おかしくないですか?

貧しい日本人だっています。

それを他の日本人のパートさんが批判したら、差別だと言って、掴みかかって来た人もいました。

私は、差別されてきたからというだけで、何をしてもいいのか?と子供心に思いました。

もちろんまじめな方も大勢いました。
が、差別という言葉に胡坐をかいて
付け込んでるだけではと感じる場面が
何度もありました。

知り合いの人で、在日3世の方も、
おじいさんは、あれだけ日本に感謝してるといっていたのに、いざ結婚となると、日本人の奥さんを貰う事に反対されました。

それって差別ではないんですか?

在日とひとくくりにするには、
いろいろな人がいると思いますので、
普段は、人を見て、判断します。

が、どうしても、在日とか、日本人とか、
例えば小さい所では、県民性みたいな
グループ分けは出来てしまいますよね。

お互い様だと思うんですけど、
在日の人は、自分達の被害は大声で
言うけど、自分達が日本人に対して
失礼な態度を取る事には、無神経だと思う。
Posted by 通りすがり at 2011年05月23日 17:11
ちなみに、台湾系帰化日本人の方も知ってますが、台湾系の方には、在日韓国朝鮮人のような問題が、ほとんどないですよね。

日本人は、朝鮮系にだけ差別して、台湾系には差別しなかったんですか?

戦前からの中国系華僑の方も大勢います。
在日朝鮮韓国人問題のような事は、ほとんど皆無ですよね。

私は、国民性があるとどうしても感じてしまいます。

在日の方は、被害者意識が強すぎるのと、自己主張が強すぎて、相手側の気持ちは理解しようとしないんではないですか?

郷に入れば郷に従え。
戦前ならいざしらず、もうここは、外国で、日本です。

そして、戦後、日本は、帰国費用を負担するし、今持ってる財産は、全部持って帰っていいからお帰り下さいとお願いしました。

その時点で、残ると決めたのは、ご自分たちではないんでしょうか?

日本を受け入れられないなら、本国に帰るべきだったと思うし、残ると決めたからには、日本に馴染む努力をすべきだと思いました。

日本に自分の選択で、残ったのに、
焼け野原で苦労してる日本で、
追い打ちをかけるような事をいったり。

略奪や暴力などの犯罪に走ったのが、在日の方たちですよね。

台湾の方も一部は暴徒化しましたが、すぐに、治まり、ほとんど帰りましたし、残った人も大半は帰化しましたから。

日本はこんな酷い事ばかりしたと、何十年も騒ぐ同朋が、日本に帰化したり、日本人になじもうとした韓国朝鮮系のイメージまで悪くしてきたと思いませんか?

復興に協力するどころか、弱みに付け込んで、土地を奪ったり、略奪したり、戦後どれだけ酷い事をしましたか?

なぜ、そういう人達と戦わなかったんでしょう。


私は、いつも思います。
なんで、いつまでも日本の悪口言ってるの?
日本で生活してきて、恩恵だって受けてるでしょ?

私は何人かに聞いた事があるけれど、

本国に帰っても親日派として差別されるかもしれないから帰れない。

本国に帰っても仕事があるかどうかわからないから帰れない。

本国の方が、貧乏だったから帰れなかった。


しかし、満州から日本人は、無一文で帰って来たし、焼け野原の日本で、無一文の人達だって相当苦労したはずだ。

それでも朝鮮半島に帰った人も多くいる。
それでも台湾に帰った人も多くいる。

そんな仲、日本の方がましだと残ったのは自分の選択ではないんでしょうか?

選んだのに、いつまでも、いつまでも、被害者意識ばかり持ちつづけて、自分だけ悲惨だと言い続けた人達が、在日全体のイメージを悪くしたと思いませんか?

カンサンジュンさんのおじさんも、親日派であった事を隠して本国に帰り、朝鮮戦争を戦いぬいたそうですが、そういう人はいっぱいいるのに、祖国のために、戦う事もせず、日本に残って楽をしたんではないんですか?


そんなに嫌だったら、本国で頑張れば良かったのに、実際多くの韓国人は本国に戻ったでしょ?

日本の方が良かったから残ったんだったら、

いつまでも、ぐちぐち悪口ばかり言ってないで前を見てほしい。

いつまでも、自分の国の悪口言ってる人と仲良くしたいと思う国は、どこの国でもいない。

悪い所ばかり見る人とは、誰も仲良くしたいと思わない。差別を招いてるのは、人種差別より、その人自身の態度だ。

日本は、戦前でも、頑張れば、ちゃんと頑張った人は、成功している。

伊集院静さんの実家も、山口県の豊かな家だったとエッセイに書いてあった。
彼は、戦前から日本に渡って来た在日の系譜だ。

ロッテで成功した人もそうだし、

私は、在日企業の社長さんとも沢山あった事があるが、みんな、立派なお金持ちだ。
頑張って来た人がいる一方、悪口ばかり
言って日本人を否定してきた在日が、
日本人から、拒否される原因を作って来たと
私は強くそう思う。

(特に、歴代、朝鮮総連などは異常な行動をとる人が多い気がする。)

今回、津波で流された東北の人達が、それでもあそこから避難せず、そこで一から頑張るという姿を見て、本当に思った。

在日の一部は卑怯で、中途半端だ。

本国で頑張る事もせず。

日本で、認められる努力もせず。

日本の価値観も否定し続けて、自ら日本を拒否しておきながら差別だと言い続け、中途半端だ。

戦後の日本に甘えてきただけだと本当に思う。65年もたつんだから、いい加減辞めて欲しい。日本が嫌いなら、本国へ帰って思い切り悪口を言えばいい。

悪口ばかり言ってる人達は、日本は、絶対受け入れられない。
Posted by 通りすがり at 2011年05月23日 17:45
もっと多くの在日が本絵をぶつけるべき時代だと思う。
多くの日本人が嫌韓になっている、良い事だ。怒りは人を成長させ相手を理解することに繋がる可能性もあるので。
何度か在日1世の話は見て来たけど納得できないことが多かった。もっと話すべきですね。
Posted by at 2013年07月01日 00:47
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