2005年06月09日

シナは断固としてシナなのか?と死体洗いの話 by 元在日

少し前に、小熊英二さんの「<民主>と<愛国>」を読んだと書いた。
このことは<民主>と<愛国>を読んで元在日は考えたという話でも書いたのだが、
この本に関連して、書きたかったことがあるので今回はその話について書く。

在日の話ばかり書いて(というかそれがテーマのblogなのだが)、
話がハードになりがちなので、気分転換の意味も込めて書くことにする。
なんか、なめた感じのタイトルで&行き当たりばったりなblogですいません。この本をつくるため、著者の小熊氏は、膨大な文献を執拗に調べて引用を重ねている。
面白くて、記憶に残ったところが二つあるので、それについて紹介したいのだ。

一つは中国の呼称についてである。これについて書いてあるのは、
887ページにある10章の注(24)についての説明だ。少し長いが全文を引用する。
(読みやすくするため、段落が変わる部分で一行あけて記した。)

 竹内(knj注:竹内好氏のこと)全集第一五巻四三六頁。竹内全集第一七巻の年表および丸山(knj注:丸山真男氏のこと)の竹内追悼文「好さんとのつきあい」(丸山集第一〇巻)によると、竹内と丸山が初めて会ったのは一九四七年九月三〇日の東洋文化研究所においてで、丸山が飯塚浩二の紹介で竹内から孫文の資料を借りたことからだった。そのとき丸山が、「『支那』という感じを使うのは別として、シナと呼ぶこと自体は蔑称ではない。英語でいまでもチャイナ、仏語でシーヌと言うように、日本語でシナと言ってなぜ悪い」と発言し、竹内と議論になったという。丸山によると、「戦後急に『支那』と呼んではいけない。『中国』と呼ぼう、とみんなが言いだしたんでね、とろこがぼくの性分でね、一夜にして態度が変わるのが嫌いなんです」ということから、この論争を始めたのである(丸山集第一〇巻三五〇頁)。

 竹内ら中国文学研究会は、戦前から「支那」という呼称を中国人が嫌うことに気づいており、「中国文化研究会」という呼称を用いていた。竹内は後年、「たぶん中国という名を雑誌の名にしたのは、日本では『中国文化研究会』がはじめてでしょう」と述べている(竹内全集一三巻二一三頁)。そのため中国側では、『中国文学月報』は非常に評判がよかったという。丸山はこうした経緯をあとで知り、「好さんたちが戦前から『中国文化研究会』と、わざわざ『中国』という表現を使っていたことを知っていたら、おそらくそんな議論にならなかったろうけど・・・・・・。『中国』と呼ぶことも好さんの意見に屈したことの一つです」と述べている(丸山第一〇巻三五〇頁)。

 ただし竹内もまた、敗戦後に日本側が一斉に「中国」を使用しはじめたことに怒り、一九四六年八月の「覚書」では、「戦争中は支那と唱え、敗戦後は中国と唱え、しかもその理由を発表せず、支那という言葉が相手を侮蔑したことを承認するかどうか、相手が侮蔑を感じたことが自分の苦痛であるかどうか、侮蔑したことを悪いと思うのか思わぬのか、それらの根本的な大切な問題を言葉をすりかえることによって葬り去ろうとしているジャナリズム」の戦争責任を問うている(一三巻一〇一頁)。また一九四六年九月には、「魯迅」の第二刷を出版するにあたり、出版社が無断で文中の「支那」を中国に直したことに抗議したが、「すでに校了となっているからもどさないでくれ」と言われて断念したという(一七巻三〇四頁)。こうした経緯があった以上、竹内は初対面の丸山が上記のような議論をふっかけたことに、かえって好感をもったであろう。

 なお竹内は、一九四〇年の「支那と中国」(全集第一四巻)において、これまで意図的に使っていた「中国」という呼称をやめ今後は「支那」を採用すると宣言し、「いまは僕自身が自分の仕事を中国文学と呼びたくない」とい述べている。おそらく、北京留学時に日本の麻薬販売を知りながら抗議できなかった悔恨から、本文中に引用したように、「僕だって、ずいぶんと厚顔無恥の徒輩に今は近いのである」という心境に至っていたのだと推測される。そうであれば、戦後に再度「中国」を使用することは、竹内にとってそれなりの決意を経てのことだったと思われる。


私は呉智英さんという人の書いた本が好きだ。呉さんの断固とした主張に、
「支那は断固として支那である」というのがある。

現在の日本では、中華人民共和国のことを支那とは呼ばない。
「支那」は差別的表現だという理由からである。
たとえば、現在のパソコンの日本語変換ソフトに
「しな」と打ち込んでも「支那」とは変換されない。

だが、呉さんは、中国(中華人民共和国)を中国とは呼ばず支那と呼ぶ。
これは根拠もなく支那が差別用語として消され中国に変わったことに対する批判と、
そして中国・四国地方の中国地方と間違えないように、というのが理由だ。
(うろ覚えなんで多少、間違っているかもしれません)

「<民主>と<愛国>」で読んだ話は、呉説に対する異論として非常に面白かった。
ちょっと変な面白がり方かもしれないけど。

もう一つは、「死体洗いのアルバイト」という都市伝説に関するものだ。
記述があるのは、亡くなった評論家の江藤淳さんを中心に取り上げた
「<民主>と<愛国>」の第15章「『屍臭』への憧憬」の部分である。
正確には、668ページの終わりの部分からだ。以下に引用する。

 そして、大江の小説には、しばしばこうした神話的なイメージが登場した。大江芥川賞を受賞した短編『飼育』は、墜落した米軍機から落下傘降下した黒人兵を山村の子供たちが監禁するという内容だったが、その黒人兵は「堂どうとして英雄的で壮大な信じられないほど美しいセクスを持って」いたとされる。

 また大江の初期短編『死者の奢り』は、ホルマリン液のプールから絶えず浮かびあがってくる兵士たちの死体を、棒で突ついてくりかえし沈めるというアルバイトを描いたものだった。おそらくこれは、死の恐怖を無意識の「プール」のなかに抑圧した大江の世代的な無意識のありようを、象徴する内容だったといえる。


前後にも、大江健三郎についての面白い記述があるのだが、これは省略する。

若い人(20歳代以下?)知らない人がいるかもしれんないが、
私が学生の頃までは、「死体洗い」が伝説の高額アルバイトとして伝わっていた。
といっても、だれも死体洗いを経験した人間はいなかった。
ウソか本当か、いつごろからこの話が世間に広まったのか、ずっと謎だった。

<民主>と<愛国>のこの部分を読んで、
「死者の奢り」が、死体洗いの都市伝説のきっかけでは、と思えて面白かったのである。
もちろん、別のきっかけて都市伝説が生まれたのかもしれないが、ほんの個人的感想である。
なんか、引用ばっかですいません。

改めて、<民主>と<愛国>はこんな、私の好きな呉さんの本はこんな、
大江健三郎さんの本は、こんな感じです。

  
posted by knj at 01:09| Comment(19) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「支那」と「中華人民共和国」は同義ではなく、「支那」は領域名であり、「中華人民共和国」は国号なのではないでしょうか?
中国が、「中華人民共和国」の略語であるならば、国や政府に対して使うのは問題ないし、そう使用されるべきだと思うのですが、「中華人民共和国」がある領域と言う概念を含ませるなら、問題躍起があってもよいと思います。
歴代中国王朝とか、北中国とか言う言葉はよくよく考えると違和感がありますし(逆に支那政府という人もいますが領域名だと考えると、これも違和感がある)。

ただし、東アジアでは、領域名は発達せずに国号が重要視されていると言う話も読んだことがあります。ヨーロッパと違って領域を治める国が変わることが少なかったせいかもしれませんし、もしかしたら、中華思想などの東アジアの世界観のためかもしれませんが。

そうなると、戦前に中国人が支那と言う表現を嫌がったのは、日本人が蔑称として用いたと言うより、国号を使わないのは日本人が中華民国の存在を軽んじていると言う猜疑心が中国人にあったのかもしれません。ここら辺はまったくの想像ですが。

そう言えば、日本語で「朝鮮」という言葉で最も使用される意味は「アジア大陸の東部に突き出た半島と、周辺の島々からなる地域」であり、その言葉自体には蔑視の意味がこめられていないと思うのですが、韓国人は日本人が「朝鮮」と言うのを嫌がるみたいです。
韓国も地域名などに朝鮮と言う言葉を使っていた時期があるみたいですが、ある時期に、韓国に変えたみたいです(確か、鄭大均がどこかで書いてました)。
これらのことは、もちろん、北にある国号に朝鮮を含んでいる国家を意識してのことでしょうが、考えの底辺には、中国における支那の呼称問題と同じ東アジアにおける国号の意味が関係しているような気がしてなりません。

話は変わりますが、私も呉智英の本は好きです。
Posted by mammalia at 2005年06月09日 14:11
すいません、訂正です。

「中華人民共和国」がある領域と言う概念を含ま
せるなら、

ではなく

「中華人民共和国」の略語であるはずの「中国」が領域と言う概念を含ませるなら、

です。
Posted by mammalia at 2005年06月09日 14:33
>mammaliaさん
多分、呉さんは竹内さんがこういったことを書いているのは知ってるんじゃないかと思います。

呉さんの本は面白いんですが、さすがに何冊も読んでいくとネタの重複を感じちゃうんですよね。私もわがままな読者です。
Posted by knj at 2005年06月09日 23:42
Knjさん
8日のコメントへのレスありがとうございます。
中国人が支那を嫌うのは清(China)の
音読みへの当て字だからではないでしょうか?
中華人民共和国が清を倒してできた国ですし。
ところで、呉智英さんの「反日・親北韓国の暴走」を
読んで驚きました。韓国は民族主義なんですね。
ドイツのナチスとかユダヤ人とかイスラム教徒など、
あまりに民族主義を突き詰めることは、
過去にはいい結果を生まなかったと思いますが、
それぞれの国の考え方なのでそれはそれとして、
日本はもっと、韓国との国交にこの「民族主義」を
考慮しないと上手く行かないような気がしました。
Posted by おばさん at 2005年06月11日 01:23
>おばさん
どうも。こちらこそ、コメントありがとうございます。

>中国人が支那を嫌うのは清(China)の
音読みへの当て字だからではないでしょうか?

そうですか。知りませんでした。ちょっと面白いです。

民族主義の話ですが、韓国はウリ!の国ですからね。民族主義というのはおっしゃる通り、なかなかやっかいなものだと思います。

一つご指摘を。「反日・親北韓国の暴走」を書いたのは呉善花という韓国人女性です。私の好きな呉智英さんは、純粋な日本の人で、呉智英というのはペンネームです(なぜか、暴力団情報に強い週刊実話という雑誌の最新号で呉さん、インタビューされてましたが)。読み方は似てるけど、全然別人なんです。

なんで日本人なのに、呉なのか?最初にこの人の本を読んだときは、かなり不思議でした。
Posted by knj at 2005年06月11日 01:52
シナは、清ではなく、秦の始皇帝の秦が由来だと聞いております。これが西に伝わると、チャイナだとか、シンだとか、チナだとか、カナだとかになります。検索してみると、シナとカタカナで書くなら、日本でも問題ないらしいです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3

また、ドメイン名がsinaのサイトを見ると、

http://www.sina.com/

中国のサイトですから、日本がシナを使うのは駄目だとは言いづらい理由の一つになりますね。

ちなみに北京語では、日本はリ゛ーベンというように聞こえますが、昔のシナの漢音では、ジッポンと発音したらしいです。それが西に伝わると、訛ったり、アルファベットの綴りとその発音の規則性が各地域で異なるめ、ジュペンだとか、ジャポンだとか、ヤーパンだとか、イポーニャだとか、ジャポーネだとか、ハポンだとかになってしまう訳です。自分も呉智英氏の文章で知りました。

>おばさんさん

この韓国の民族主義が、実は韓国の孤立化、そして親北を招いています。日本は、この民族主義を利用する意味で考慮するなら、問題はないですが、お人好しに考慮するなら、かつての轍を踏むだけです。大分、日本も韓国のあしらい方が分かってきているので、ご心配なく。
Posted by Captured at 2005年06月11日 04:22
ちょっと気になったので一言

>中華人民共和国が清を倒してできた国ですし。

ここは明らかな間違えですよ
中華人民共和国は第二次大戦後(1949)に建国されました
ただ漢民族(現中国の中心民族)の感覚として、異民族の王朝である清には、少なからず拒否反応があるのは事実だと思いますので、シナ→清の連想から嫌がるというは、もしかしたらあるのかもしれませんね

p.s.
ところで、シナが差別語だとしたらインドシナ半島はなんて呼べば良いんですかね?
Posted by mikogami at 2005年06月11日 09:01
>Knjさん
あ!すいません。おもわず、作家名を間違って打っていました。
呉 善花さんですね。

>Capturedさん、
なるほど。支那は清ではなく、秦だったのですか。

>mikogamiさん
タイではインドシナの事を「インドチン」と発音していました。
東南アジアの事を普通にインドチンと呼んでいましたよ。


Posted by at 2005年06月11日 09:18
すいません
上の書き込みはおばさんです
Posted by おばさん at 2005年06月11日 09:19
 >「支那(シナ)」と「中華人民共和国」は同義ではなく、「支那」は領域名であり、「中華人民共和国」は国号

 でいいと思います。

 日中とも同じ漢字を使用しているような気でいるから、誤解されるが、日本語とシナ語は別の言語。同じ意味でも違う漢字熟語を使用する。

 「総統」は本来、シナ語の言葉。英語では「President」。日本語に翻訳すると「大統領」となる。(後にシナ語「総統」が、フューラーの日本語訳語として使用され、総統=独裁者といった印象がついた。)
 
 「中華」も「民国」もシナ語。英語では「Republic」 of 「China」。日本語に訳すと「支那」「共和国」。(朝鮮では北では日本語の「共和国」を国号に使い、南ではシナ語の「民国」を使っているのは皮肉と言うべきか。)

 正確に言えば 中華民国総統(シナ語)=President of the Republic of China ((英語)=支那共和国大統領(日本語)

 ただ戦後はシナ語をそのまま外来語のように使用している。意識している人はほとんどいないが。


 辛亥革命の時に「清国」に代わる新国家の国号をどうするかという問題で、「華夏」「大夏」「中国」「中華民国」などが候補としてあがり、孫文は「支那共和国」を推していたとの説を読んだことがある。(うろ覚えなので間違っている可能性あり。ただ「支那」も候補であったのは確か。)
 結局、章炳麟の「中華民国」が採用された。

 当時の中華民国人の蔑称は「支那人」でなく「チャンコロ」。「中国人」のシナ語読みの日本語に訛った言葉。ただ中華民国側の混乱、非礼などのため日本国内では「支那」自体には現在の「北朝鮮」並の印象はついていた。
 
 >東アジアでは、領域名は発達せずに国号が重要視されていると言う話

 中華民国政府がしばしば(言葉としての「支那」ではなく)「国名」として「支那」の外交文書での使用を止め、「中華民国」と呼ぶように要求していることを考えると、本来、「支那」という言葉自体を侮蔑語として忌避していたというよりは、東アジア的な国家の正統性の獲得という意味があるのかと考えます。

 >戦前に中国人が支那と言う表現を嫌がったのは、日本人が蔑称として用いたと言うより、国号を使わないのは日本人が中華民国の存在を軽んじていると言う猜疑心が中国人にあったのかもしれません。

 今では中国人自身も誤解していますが、もともとの「支那」忌避の理由はその通りでしょう。

 >韓国人は日本人が「朝鮮」と言うのを嫌がるみたいです。

 戦後のある時期まで「鮮人」は普通の言葉であり、なんら侮蔑敵意味あいはありませんでした。戦後の言葉狩りキャンペーンで冤罪で差別語とされ抹殺されましたが。
 当時朝鮮人に対する蔑称は「チョーセンジン」。この言葉は侮蔑語です。

 言葉の問題に関して、事実に基づいた正確な理解が必要であるをつくづく感じます。

 ついでにいうとロシア語で中国は「キタイ」(契丹)。でもだれからも文句はでない。

 おまけにロシア語でドイツ人は「ネーメッツ」(聾唖者)。でもだれからも文句はでない。
Posted by 摂津守 at 2005年06月11日 14:09
>摂津守 さん
たびたび聞かれると思いますが、貴殿は何者ですか?(笑)

>辛亥革命の時に「清国」に代わる新国家の国号をどうするかという問題

の話興味深いです。「華夏」「大夏」って候補に挙がってたんですね。確か殷王朝の前に幻の王朝、「夏」という王朝があったと聞いた事があります。そこからきたんでしょうか。

日本のオリンピックなどでの略称は昔「JAP」でしたよね。抗議してJPNに変えさせたという。経緯は詳しく知りませんが。

他国の呼称をどう表記するのかという問題は、国際的力学が影響するって実しやかに言われてますが、国連の場でもNIPPONとか表記する日が来るんでしょうか知らん。

摂津守 さんのお話はいつも勉強になります。




Posted by けい at 2005年06月12日 00:35
>kjn さん
呉智英の話は、面白いし、まっとうな話も多いのですが、ちょっと天の邪鬼な部分があるような気がします。
「支那は断固として支那である」も、現在日本で支那と言う言葉が頻繁に使われており、逆に中国が使われていなかったら、「中国は断固として中国である」と言ってそうな気がします。

後、呉智英と言うペンネームの呉は夢野久作の「ドグラマグラ」の主人公から採ったらしいです。

>摂津守 さん
詳しい説明有り難うございます。大変勉強になります。
ロシア語で中国は「キタイ」ですか。これは凄い、中国はなぜ怒らないんだろう?
Posted by mammalia at 2005年06月13日 23:10
>mammaliaさん
「ロシア語で中国は「キタイ」ですか。これは凄い、中国はなぜ怒らないんだろう?」
中国はロシアが怖くて怒れないんだよ。ヽ(´ー`)ノ
Posted by 賢治 at 2005年06月14日 22:05
>Capturedさん
お元気ですか。コメントありがとうございます。韓国や在日だけでなく中国の話にも興味があるのですね。なるほど。

>日本は、この民族主義を利用する意味で考慮するなら、問題はないですが、お人好しに考慮するなら、かつての轍を踏むだけです。

お人好しだったんでしょうか?

>おばさんさん
どうも。コメントありがとうございます。

>東南アジアの事を普通にインドチンと呼んでいましたよ。

なんか新鮮な発音です。

>摂津守さん
どうも。コメントありがとうございます。竹内好さんの話に関連した部分があれば、なおありがたかったです。

>けいさん
どうも。コメントありがとうございます。どんな人なのか想像もつきませんが、摂津守さんが歴史好きな人であることだけは確かでしょう。って、だれでもわかりますね。

>mammaliaさん
どうも。コメントありがとうございます。

>呉智英の話は、面白いし、まっとうな話も多いのですが、ちょっと天の邪鬼な部分があるような気がします。

ちょっとではない天の邪鬼ぶりだと思います。だから面白いんですが。

>賢治さん
どうも。コメントありがとうございます。というところです。
Posted by knj at 2005年06月15日 02:22
Knjさん、

場違いなおばさんが何度も発言してすいません(汗

私の周りの韓国名の在日はみんな普通の人だったので、
民潭とか総連とかの政治的運動を知りませんでした。
息子の小学校に「聞こえと言葉の学級」という
帰国とかネイティブでない子供が日常に支障ないように
なるまで在籍するクラスがあり、国際色豊かな学校でした。
韓国籍、中国残留孤児が呼び中国から寄せた子供、
各国からの帰国の子がいました。

韓国の韓日のスタンスはおいといて、
日本に住むなら政治は無視して地域レベルで、または職場レベルで
普通に親しくやっていけばいいのではと感じます。

タイでは周りが5つの国に囲まれていて、
亡命者が不法にどんどん入り込み、すんでいたバンコクでは
おそらく純粋なタイ人は20%もいないのではないか?
という生活環境で9年も暮らしてきたからそんな気持ちを持っています。
「内緒だけど、あの人ミャンマーからの亡命者だよ」
とか、聞いて「へぇ〜」って感じですが、バレると国外退去となります。
しかし、タイ人はおそらく何100年もそんな感じで暮らしてきたので
表立っての差別などなく、ましてや通報する人もいませんでした。
亡命者は、捨ててきた国と移り住んだ国は反目し在っていてあたりまえです。
それでも、「この地を選んで住んでいる人」と
もともと住んでいた人は
国策など関係なく仲良くしていけば良いのではないでしょうか?

こうかくと、「何をタイ人みたいなマイペンライな事を!」
とつっこまれそうですが(゚ー゚*);
Posted by おばさん at 2005年06月15日 03:57
>おばさんさん
どうも。コメントありがとうございます。おばさんさんのコメントは、いきり立った感じもなく非常に面白いです。

>韓国の韓日のスタンスはおいといて、日本に住むなら政治は無視して地域レベルで、または職場レベルで普通に親しくやっていけばいいのではと感じます。

私もそう思いますし、昔に比べれば、そう考える日本人や在日韓国・朝鮮人が増えていると思います。
Posted by knj at 2005年06月16日 09:59
 シナという言葉について、ここに投稿の皆様の博識には驚くばかりです。

 ただ、シナという言葉の故事来歴はともかく、中華人民共和国と付き合いたいと考えていながら中国人が嫌がる言葉をあえて使う手合いの心根が全く理解できません。

 石原慎太郎とかゴチエー(本名新崎智)などの右翼連中のような、中国と一戦交えてもかまわないと言う覚悟もなしに、負け犬の遠吠えよろしく「シナ、支那」と嫌がらせのためだけに叫んでいる徒輩はまことに軽蔑すべき人種であります。

 対人関係で、自分のことを自分が嫌ががっている言葉で呼ぶ者に対して平静で居られますか。われわれの事をジャップとかニップという外国人と本心から友好関係を持ちたいと思いますか。

 相手と敵対関係にある人が相手の事をなんと呼ぼうが呼ぶ人の勝手で他人があれこれ批判すべきではありませんが、相手と付き合いたいと望んでいながら、故事来歴は功だから、あるいはそういう言葉を発する自分は相手に対する軽侮の念を持っていません、といくら弁解したところで信用されないでしょう。
Posted by ジャップ&ニップ・ヤンキー・鬼畜米英・チャンコロ・鮮人・チョッパリ・ウェノム・ジュー at 2010年11月30日 11:30
>、「死体洗い」が伝説の高額アルバイトとして伝わっていた。

 死体洗いという仕事は実際にあったそうです。ただし東京などではなくて九州あたり。

 朝鮮戦争で死んだ米兵の死体を本国へ持ち帰る前に、九州で洗い清めたそうです。

 これについては松本清張の「黒字の絵」と言う小説に描かれています。

 朝鮮戦争の初期の南側負け戦の頃、大勢の米国人が朝鮮に送り込まれる前に集結している吸収のある都会で、米国兵の暴動が起き、ある家に押し入った黒人兵がその家の若夫婦の妻を夫の目前で強姦する。その兵隊の背中には大きな刺青があり、夫の目にその刺青が焼きついた。

 その後夫は米国兵の「戦死死体洗い」の仕事に就くようになる。ある日黒人兵の死体を洗っていた夫がその兵隊の背中を洗おういとひっくり返すと、あの夜に眼に焼き付けた刺青があった。
Posted by ジャップ&ニップ・・・・ at 2010年11月30日 11:44
>ジャップ&ニップ・ヤンキー・鬼畜米英・チャンコロ・鮮人・チョッパリ・ウェノム・ジューさん
はじめまして、コメントありがとうございます。

> ただ、シナという言葉の故事来歴はともかく、中華人民共和国と付き合いたいと考えていながら中国人が嫌がる言葉をあえて使う手合いの心根が全く理解できません。
私もあまり理解できませんが、こういう人がいるのも事実です。なかなか難しい問題かと思っています。

> 死体洗いという仕事は実際にあったそうです。ただし東京などではなくて九州あたり。
>
> 朝鮮戦争で死んだ米兵の死体を本国へ持ち帰る前に、九州で洗い清めたそうです。
>
> これについては松本清張の「黒字の絵」と言う小説に描かれています。
初めて知りました、情報ありがとうございました。

別にこのままでも構いませんが、お名前はもう少し刺激的でなくてもいいかと思います。
Posted by knj at 2010年12月26日 11:47
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